陸上に派遣された母艦飛行機隊

母艦飛行機隊を陸上基地で使用した状況は下記の通り.

大陸方面

中山雅洋『中国的天空 沈黙の航空戦史 (下)』(2008),大塚好古『日本海軍艦艇論』(2024),渡辺洋二『急降下!突進する海軍爆撃機』(2019)を参照した
指揮官;
進出基地; 上海公大基地
進出人員;
進出飛行機;
  • 「加賀」飛行機隊(九六艦戦6機,九〇艦戦6機,艦爆18機,艦攻18機)
出発期日; 12年9月15日
撤退期日; 12年9月25日?
メモ; 南京空襲に協力.

南東方面

『太平洋戦争日本海軍戦史 第10巻 内南洋方面の海軍作戦』.海上自衛隊/第二復員局残務処理部(1950)による.

第1回

指揮官; 新郷英城大尉(「瑞鶴」戦闘機隊長)
進出基地; ブカ
進出人員; 23名
進出飛行機; 出発期日; 17年8月28日
撤退期日; 17年9月4日

第2回

指揮官; 三重野武少佐(「飛鷹」飛行長)
進出基地; ラバウル
進出人員; 75名
進出飛行機; 出発期日; 17年10月23日
撤退期日; 17年12月14日.ただし一部は残留.

第3回

指揮官; 橋口喬少佐(「隼鷹」飛行長)
進出基地; ウエワク
進出人員; 120名
進出飛行機; 出発期日; 18年1月17日
撤退期日; 18年1月24日

第4回

指揮官; 野元為輝大佐(「瑞鶴」艦長)
進出基地; ラバウル,カビエン,ブイン
進出人員; 350名
進出飛行機;
  • 「瑞鶴」飛行機隊(艦戦26機,艦爆17機,艦攻21機)
出発期日; 18年1月29日
撤退期日; 18年2月11日

第5回

指揮官; 松田秀雄少佐(「瑞鳳」艦長)
進出基地; ウエワク,カビエン
進出人員; 45名
進出飛行機; 出発期日; 18年2月18日
撤退期日; 18年3月13日

第6回, い号作戦

指揮官; 小沢治三郎中将(第3艦隊司令長官)
進出基地; ラバウル,カビエン
進出人員; 582名(うち第2航空戦隊司令部4名)
進出飛行機;
  • 「瑞鶴」飛行機隊(艦戦27機,艦爆18機,艦攻18機,170名)
  • 「瑞鳳」飛行機隊(艦戦18機,60名)
  • 「隼鷹」飛行機隊(艦戦27機,艦爆18機,170名)
  • 「飛鷹」飛行機隊(艦戦26機,艦爆18機,艦攻9機,170名)
出発期日; 18年4月2日
撤退期日; 18年4月17日

第7回

指揮官; 酒巻宗孝(第2航空戦隊司令官)
進出基地; ラバウル,ブイン
進出人員; 約1,100名(うち第2航空戦隊司令部10名)
進出飛行機;
  • 「隼鷹」飛行機隊(艦戦24機,艦爆18機,艦攻9機,約400名)
  • 「飛鷹」飛行機隊(艦戦24機,艦爆24機,艦攻12機,約400名)
  • 「龍鳳」飛行機隊(艦戦21機,艦攻13機,約300名)
出発期日; 18年7月2日
撤退期日; 18年9月1日

第8回, ろ号作戦

指揮官; 小沢治三郎中将(第3艦隊司令長官)
進出基地; ラバウル
進出人員; 728名(うち第3艦隊司令部12名)
進出飛行機;
  • 「瑞鶴」飛行機隊(艦戦33機,艦爆16機,艦偵3機,290名)
  • 「翔鶴」飛行機隊(艦戦36機,艦爆23機,艦攻16機,艦偵3機,318名)
  • 「瑞鳳」飛行機隊(艦戦18機,艦攻8機,108名)
出発期日; 18年11月1日
撤退期日; 18年11月13日

第9回

指揮官; 遠藤三郎少佐(「龍鳳」飛行長)
進出基地; カビエン
進出人員; 70名
進出飛行機; 出発期日; 18年12月27日
撤退期日; 19年1月9日
メモ; 『太平洋戦争日本海軍戦史 第10巻 内南洋方面の海軍作戦』では所属不明の「Fo(艦攻)×12」の記載があるが,人数が合わず何を指しているか不明.また,梅本弘の『海軍零戦隊撃墜戦記3』では,同時期に進出したのは『飛鷹』と『龍鳳』の戦闘機隊とし,機数も計36機とする.

第10回

指揮官; 城島高次少将(第2航空戦隊司令官)
進出基地; ラバウル
進出人員; 1,280名
進出飛行機;
  • 「隼鷹」飛行機隊(艦戦24機,艦爆24機,艦攻12機,450名)
  • 「飛鷹」飛行機隊(艦戦24機,艦爆24機,艦攻12機,450名)
  • 「龍鳳」飛行機隊(艦戦24機,艦爆12機,艦攻12機,380名)
出発期日; 19年1月24日
撤退期日; 19年2月27日